seize the light

pain、痛みだけ消せない、あれからは
夏が終わった。今どきは九月病なんて言ったりするよう。なんてありがたい、再発見。
人間の身体は、神様からかりたもの、なんてよく言うけれど、びっくりするくらい本当によくできている。
備わっている機能を過不足なく使うこと、動かすことが、身体を大事に、そして健康であるために必要なことなんだな、と思う。
食べること一つとっても、噛むという行為をすることで、唾液アミラーゼやらセロトニンやら、色々なものが出てくるように、本当に上手く作られているよ、身体というものは。
ひとつひとつ、意味がある。
消化の力をちゃんと使うためにも、きちんと食べ物を噛んで、噛みしめて、飲み込んでって栄養をとりたいけれど、サプリメントや流動食のようなプロテイン青汁をのみこんで誤魔化している日々。
食べられないんだったら、大人しく食べないでいる方がむしろ身体にいいんじゃないかしら、とか思う昨今。
心と身体は繋がっているんだったら、心が拒否しているところに、栄養分が凝縮されたものを身体に流し込んでみても、ちゃんと消化されないどころか、疲れちゃうんじゃないかしら、とか。
過ぎたるは及ばざるが如し、ってな。
私が頑張れる範囲なんてたかが知れているのだから、「助けて」って、いい加減、声をあげられるようになりたい、な。
生まれて、消えていく星みたいに
let me seize the light
海へと

夏休みも終わったね。
あなたも私たちも
おそらく誰もがみな
体を、いや心を
癒しに海に出かけて行くのでしょうね
この世のね、はじまりは泥海だったそう。
中2の夏に観た『酔拳2』、もうそこから私は彼の、そして功夫映画のとりこになったんだ。
私は成龍から、中国思想や仏教の熱さを教えてもらった。
ほら、こう並べてみると、私、今の私を作っている要素みたいなものが、成龍によって方向づけられているのがわかるでしょう?
成龍が私の世界をうんと拡げてくれたんだ。
私、あんまり推しとかないよなーとか思ってたけど、元祖推し、おるやん。
ていうか成龍じゃん。熱烈やん。
でもみぃんなおじいさん、なったね。
成龍は70歳、樊少皇も50代だって。
そりゃあ私も年食うわけだ。
そんなことをまにまに想いつつ、あぁ、いのち短し恋せよ乙女。
今はまだ、死ねない。
果てしない海よ、変わらない海よ
いつも助かるよ、どうもありがとう
ふるえながら、また
まにまにそう思い、想う
おーいぇ♡
…ちなみに、中国語も独学でなんとかしようとしたんだけど、NHKラジオの中国語講座を夜な夜な(たしか0時くらいだった気がする)聞いて、妈だの麻だの马だの骂だのやってたら、母親にうるさいって毎回しかられて、断念したのを覚えています…昔から語学にご縁がないようで!!
SEVENTH HEAVEN

少しだけ、平穏な日々、に近づいていて、それでもまだやっぱりバカみたいに忙しいんだけれども、毎年恒例の論文(査読なし)がひとつ終わったのでとりあえずひと段落…?
論文、査読なくてももうちょっとちゃんと練ったものを執筆したいのに、そんな時間的体力的余裕がないのが悲しいね。
「(子どもに振り回されて体調崩すなんてなんて)恥だと思え!」とかの悲しい言葉が体調不良と忙しさが重なってしまっている時は特に浮かび上がって、その度体調をさらに崩す。
どうしたらいいんだろう。
どう、守ったらいいんだろう。
加えて先月は大事なひと…といってもすごく近しい人ではない…が、大病を患い、手術が必要になって。
ちなみにこちらも手術は無事成功したみたいでホッとしている。
しかし本当に、私にはできることが何もなかったから、祈るしかなかったのだけれど、はたと気付いた。
あ、私、祈ることをめっちゃ忘れていた!!
無意識的に祈っていたりはするんだけれど、意識的に祈ること、をしていなかったな、と。
私を形作っていた、大事な大事なもの、が埃に塗れていたことに気付いた。
そんな大事なことがすっぽ抜けていたことに驚いたし、それぐらい、私は毎日必死だったし、なんとか生き抜くことしかできないでいたのだなってことにも驚いた。
そして大事なものの方から、ずっとノックしていてくれたことにも改めて気付いた。呼ばれているのはわかっていたんだけれども。
どう足掻いても、どの草鞋を履いてみても、辿り着くのは同じ場所なのよね。
そして、何よりmentalだけでなく、spiritualなものがバッキバキに壊されたな、という感じがあったけれど、壊されてはいなかった、壊すほどの力はなかったんだね、ということにも、ちょっとずつ。
柳の枝は柳の枝でしかなく、化け物ではないのだ、という。
…といっても、正しくおそれる、ということはとても難しいことなんだな、と身をもって知ったけれども。
いななくからね、とら馬さんが。
にしても、本当に"したいことがあるけどできない"のは、もはや因縁なのかなぁとか。
ならば、やっぱり、どう守るか、どう切り開くか、なのよね。
the answer's waiting under your feetってな。
It's finally over!!!!

トパアズ色の香気が立ってさ。
あなたとの期間はそれなり止まったわ。
トパアズは私の誕生石だ。
希望、友情、誠実、成功、潔白らへんが石言葉らしい。
私はがりりと噛んで、噛み砕いて、苦しみながら飲み込んで、そしてとても、健やかになったと思う。
長かった。私の30代の中旬を費やさざるを得なかった鎖が、解けたようだよ。
嬉しい。
嬉しいよ。
ねぇ、ひとつ終わったよ。
小さな一歩かもしれないけれど、わたしにとって、とてもとても大きな飛躍なのよ。
いくらでも、いくらでも私をいきいきいきられる気がする。
あのひとにもこのひとにも、お礼を言いたい。
ありがとう、ありがとう!
五月の蝿

おめでとうアップルパイ!
五月も半分以上が過ぎてしまった。
なんにもしないまま、人生はどんどん駆け足になっていく。
やりたいことをやらなくっちゃ、と思いつつ、疲れ切って痺れ切って、の日々が続いている。
はい、一区切り!ってできることが少ないんだなぁと思う。
だからどんどんどんどんたまっていく。
だからもっともっといきなくっちゃって焦る気持ちが滲んでくる。
やれやれ。
だけど昨今は、わりと自分を信用していて、今できなくても、いつか必ずやるから、今はまず休まなくっちゃぁいけないなって休めるようになった。
気が気でない時もあるけどね。
そういえば、ここ2ヶ月ほど、なんとはなしにゆるーく"冷えとり"を再開してみた。靴下重ねばきだけだけど。
朝、足があったかくていいのと、靴下をはいてちゃんとパジャマを着ようと思うから、入浴(シャワー浴)するようになった。
ネグレクトの極みで、風呂とか入れないことが多かったんだけど、入浴回数が上がったかな?
よきかなよきかな。
少しずつ、少しずつ、ほんとうに少しずつだけど、ギッタギタにされた心が回復してきて、私はきっとまた、歌えるんだろうなって思うよ。
まだ音への過敏さとか非道いから、もうちょっと、かな。
こわい気持ち、が少しでも成仏してくれますように。南無三。
ありがとう、そしてさようなら

3月が駆け足ですぎて、気がつけば4月。
これもはじめたい、それもはじめたい、でもあれもやらなきゃ、これもやらなきゃ、それもやらなきゃ…どれからやれば?
新年度はみんな忙しいもんね、踏ん張るしかないんだよね。
発達系(by老松克博『人格系と発達系』)しかいない我が家ですから、もうそれはそれは、環境変化に大ダメージを各々がくらっておりまして、Living in chaosでごさいます。
ひとつしかない"発達系の王座"はできれば家庭の中では子どもに譲ってあげたいものですが、まぁいかんせん、ねぇ。
うっせーーー!耳いてぇわ!!!
新年度、きれいさっぱりスタートをきれるかなと思ったら、まだ、持ち越さなきゃいけないことがあったりで、なんとなくスッキリしないんだけれど、生きやすくするための手帳だったり赤いノートだったり、こちょこちょグッズを揃える元気は出てきたようで、あーそうそう、私には、こういった精神的・物理的な荷物の整理整頓グッズがないと一歩一歩を踏み締められないのよね、と改めて。
せめてほんとうに、いきいき、いきたいもん。
ところで私はゴキブリにご縁があってね。
小学生の頃は、塾で仲のいい子と「おやじ!」「ごきりん!」と呼び合ってた(悪意はない)。
拾得でワンピースの背中に、それはそれは巨大なゴキブリちゃんがINしてしまって、背中をはわれて大騒ぎしたことも。
そして、あらたに昨夜、腕を這われて、すったもんだの末、手で握りつぶしてしまったよ(半殺し)。
痛みがあって、手を握ったらにちゃあってした、という。
そう、ゴキブリて素肌に触れるとちょっと痛いのよ。
噛まれてはないとはおもうんだけど。
ゴキブリのようにしぶとく生きるわ。
「俺はしぶてぇぜ!!!」てな。
2023年度ありがとう、そしてさようなら、新たなステップへ。
難を転じて福となす

COVID-19になりました(一年半ぶり2度目)。
こびと、とか可愛い感じするけど、ちっとも可愛くねぇ、しんどいってコロナ。
軽症ですむひとが羨ましくもある、ワクチン・本家ともに毎回しんどい私。
今回は40℃超えしなかったからマシだったけど、それでもやっぱり39.8とか。酸素飽和度もなぞに下がっちゃって、一時期93〜96%に。あれ?患者さんでしか見たことねぇぞ、この値…という。
NSAIDs、浮腫んじゃうから飲めなくなって早幾年…(イヴプロフェンもとうとう近年ダメになってきた)。カロナールには抗炎症作用ないしさ、頭痛良くならないしさ。
…もうここんとこほんとずーっと、病、でため息でちゃう。
去年は家族の病にやられることが多くて、あぁほんと本厄怖いな、弱いところにでるんだな、とか思ってて。
2月になって、立春もすぎ新年ですね、後厄ですから少し楽になるかなと思ったら、今度は私がアデノ→コロナ。久々に嘔吐したよ(基本健胃)。
それでもやっぱり、この先に光が待っているのだと願わずにはいられない。
ひとは、ヒューマンビーイングは、向日性を基本的に備えていると私は信じているからね。
…いったいいくつの"信仰"が私にはあるのかな、とふと考えたりする。
そしてそれは本当に信じてよいものなか、と見つけては疑ってみたくもなる。
だけどすごいね、幼い頃から染みついたものは、疑うことすら許されないような趣があったりして。
いったいいくつの事柄を、あるいは教えのようなものを、私は本当に経験して、そして信仰へと昇華させているのだろう。
サムシング・グレート(by村上和雄)はいる、ある、ということだけが紛うことなき真で、理で、あとの多くは単なる…願望だったり信念だったり…?言葉のチョイスは本当に難しいね。
正しさってなんだろうね。
私は本当に、人様に顔向けできないような不道徳な人間だけど、少しでも善くありたいと思っている、から、転じて転じていくことがきっと大切。
芯食らって生きていきたいね。
とりあえず、はやく元気になりたいです…。